かつてユダヤ人の大思想家でフランス革命に大きな思想的影響を与えたジャン・ジャック・ルソーは、かの有名な『社会契約論』で、
「人もし随意に祖国を選べというなら、君主と人民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。自分は君民共治を理想とするが、そのようなものが地上に存在するはずもないだろう。したがって自分は止むを得ず民主主義を選ぶのである」
と言っております。
しかし、東洋にその理想の「
君民共冶」の国がありました。
「日本」です。
「反日ワクチン」さんの所で紹介されていました、モルデカイ・モーゼ著・あるユダヤ人の懺悔「日本人に謝りたい」という本の中に、私が、日本の「天皇制」というものが、如何に、世界に比類無き素晴らしい物であるかを再認識した、大変印象に残った話があったので紹介しておきたいと思いました。
「反日ワクチン」2006年12月11日 日本民族の持つ最大の財産は天皇制である 「反日ワクチン」2006年12月12日 世界に類例のない君民共治
_/_/_/_/_/▼あるユダヤ人の懺悔「日本人に謝りたい」より引用▼_/_/_/_/_/
※天皇制は古代からユダヤ民族の理想だった
尊敬する日本の皆さん、私はユダヤ人の長老として、・・・・我々ユダヤ人が犯したところの大きな誤り、第二次大戦終結後の日本人の精神的空白につけ込んで我々が持ち込んだところの諸々の誤れる思想について、その過誤の原因および内容的非論理性、反真理性について詳しく分析し、それが如何に日本人にとって有害なものであるかということを実証してみたいと思う。
これによって一日も早く、尊敬する日本人が戦前あった世界に燦たる民族的長所を復活させて頂きたいのである。何故ならば、それが即ち我々ユダヤ人の理想でもあるのだから。
日本民族のもつ最大の財産は天皇制である。これは全く世界に類例のない偉大なものであり、人類の理想とするものである。
かつてユダヤ人の大思想家でフランス革命に大きな思想的影響を与えたジャン・ジャック・ルソーは、かの有名な『社会契約論』で次の如きことを言っている。
「人もし随意に祖国を選べというなら、君主と人民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。自分は君民共治を理想とするが、そのようなものが地上に存在するはずもないだろう。したがって自分は止むを得ず民主主義を選ぶのである」
ここでいう君民共治というのは、君主が決して国民大衆に対して搾取者の位置にあることなく、したがって国民大衆も君主から搾取されることのない政治体制のことである。
ところがここで驚いたのは、日本人にこの話をするとみな不思議そうな顔でキョトンとする。私は最初その意味が全くわからなかった。しかし、だんだんその意味がわかってきた。日本の天皇制にはそのような搾取者と被搾取者の関係が存在しない、ということを私が知らされたからである。今度は私の方が驚かされた。
日本人のためにちょっと説明しておくと、欧州でも、また最近追放されたイランの王室でも、君主はみな国民大衆に対しては搾取者の地位にあるものである。したがって、亡命するときは財産を持って高飛びする。これが常識である。だが、日本人の知っている限り、このようなことは君主制というものの概念の中には全く存在しないのである。
しかるに、ユダヤ人ルソーの思想は搾取、被搾取の関係にない君主制を求めているわけである。これは確かに理想である。しかし残念ながら、ルソーはそのようなものが実在できるはずもないからやむを得ず、民主主義を選ぶというものである。
私がルソーの時代に生きていたならば、ルソーにこういったであろう。「直ちに書きかけの社会契約論など破り捨て、速やかに東洋の偉大な君主国へ馳せ参じよ」と。
ここで非常に重要なことをルソーは言っているのである。今日本で絶対の善玉の神として一切のタブー化されている民主主義というものは、ルソーによれば君民共治の代替物にすぎないということである。私が日本人を最高に尊敬するようになったのも、この天皇制というものの比類なき本質を知ったからである。
日本では戦前、比類なき国体という言葉があった。またポツダム宣言受諾の際にも、この国体の護持という点が一番問題になったのである。これは真に賢明なことであった。この日本の天皇制はユダヤ思想の理想であったことはルソーの言葉でもわかるが、他にもあるユダヤ人のいった言葉に次のようなものがある。
「わがユダヤの王は、目に見えない護衛だけで守られる。われらの王は威厳にみちてその権力を行使するのは人民の幸福のためだけであり、決して王自身や王朝一族のためにこれを用うることはない。
かくして王への尊敬と威厳はいやが上にも高まり、人民に崇拝され敬愛されるのである。そのため王は神格化されるだろうが、それはひとえに王の権威が人民に安らぎと幸福を保証するコーディネーターの役を果たすからに外ならない」
断っておくが、これは日本の天皇制の描写ではない。ユダヤ民族の理想なのである。これを見てもおわかりと思うが、ユダヤ人はルソーの言った如く、国民との利害関係をもたない君主が理想なのである。
私が日本の天皇制の本質を知ったときの驚きが如何なるものであったかは、推して知られたい。地球上にユダヤ民族の理想が実在したのである。
引用終わり。
日本の国体に慣らされている日本人には、なかなかこのことは気が付き難いことでしょうが、天皇制を無用ものと言うような、いわゆる知識人とか文化人とは一体何を知っている者たちでしょうか。世界の常識に全く無知なこのような者たちを、知識人や文化人と呼ぶのはもう止めましょう。
日本の国体を大切に思う一般国民と比べて、彼らは全く無知蒙昧なのですから。
一般にユダヤ人が天皇制の類い稀な点を発見したのは、戦後の天皇とマッカーサーの会見の時であった。かといって、ユダヤ人全部が知ったわけではない。・・・・
天皇が開口一番、自分の事はどうなってもいいから国民を救ってほしいと切り出した時、マッカーサーは驚天せんばかりであった。この席にルソーが同席していなかったのが真に残念であるが、西洋の君主というものはそれこそマルクスの言う支配者、搾取者である。一般大衆は被支配者、被搾取者に甘んじなければならない。
西洋の君主は、大衆から収奪した莫大な財産を持っている。戦後GHQが天皇の資産十六億円と発表した時、日本人はキョトンとしていた。つまりGHQは西洋の君主並に日本の天皇も収奪した財産をもっているはずであると考えたから、それを直ちに国民の前に見せ付けたわけであろう。ところがこれを聞かされた日本人は一様に、そういう感覚の持主もいるのかと内心驚いたということである。しかし西洋の常識としてはこれは奇異でもなんでもなく、至極当然なことだったのである。
かような西洋の君主は、いざ革命、戦争、政変等のあった場合は、直ちに自己の生命の保証と財産の保全を求めて亡命を計るのを常とする。したがって、マッカーサーも最初天皇が訪問の希望を述べた時、非常にきびしい顔をしていたという。いってみればそれは当然のことであろう。日本の天皇もいよいよ生命の保証と財産の保全のためどこか適当な亡命先の斡旋を懇願に来るのであろうとマッカーサーが考えたのも、無理からぬ話であろう。
しかるに前述の如く、天皇は開口一番、自己の生命や財産の保証ではなく、国民の財産や生命の保証を求めたのであった。国民を質入して自己の保身を計る西洋の君主とは逆に、自己を質入して国民の救済を求めたということである。
マッカーサーたるもの、すべからくルソーに対して自分が味わった感激を報告すべきであろう。・・・・・
※なぜ欧州では君主を輸入したのか
万世一系の天皇を頂く日本人は幸せである。この万世一系の天皇は、如何なる意味をもつとお考えであろうか。この点では、ユダヤ人が僭越ながら日本人に少々参考になる意見をお聴かせできるかも知れない。
日本人からすると、万世一系の天皇といってもピンとこないかも知れない。他にどんな天皇があるのか、と反問されるであろう。だから日本人は幸せだと思うのである。
何故か。ヨーロッパの王朝というものはみな混血王朝である。歴史上、しょっちゅう外国から国王や王女を輸入した。しかも王朝の権力が強くなればなるほど、外国からますます輸入するようになる。何故か。王朝の権力を弱める必要があるからである。国内から昇格させようとすると当然争いが起り、国内が乱れるのでまずい。その点、外国からの輸入君主は当たりさわりが少なくしかも飾りものなので、最も有効な方法ということになる。
こんな話をすると、日本人は全くお話にならんと思われるかもしれない。まさにそうなのである。私が万世一系の天皇をもつ日本人は最高に幸せですといった意味が、これでお分かり頂けたことと思う。・・・・・
ここでもう一度、われらの大思想家ジャン・ジャック・ルソーの言葉を思い出して頂ければ幸いである。ルソーは「我もし随意に祖国を選べといわれれば君主と国民との間に利害関係の対立のない国を選ぶ。しかし現実にそのような国があろうはずもないから、止むを得ずその代替物として民主主義国を選ぶ」といっている。ここにすべてが盛られている。ヨーロッパの王朝では常に君主と国民の利害が対立している。
然るに、日本の天皇制には決して利害関係の対立などない。仁徳天皇の「民のかまどに立つ煙」の故事を引き合いに出すまでもなく、また前述の天皇とマッカーサーの会見時のもようを説明するまでもなく、利害関係の対立は全くないのである。これこそ、君民共治の完璧な見本である。
このような天皇制では、常に天皇と国民の間には強固な理性的バランスがとれているのである。人間精神の最も高尚なものが両者を結んでいるのである。そこには物質的欲得など、みじんも入り込むすきはない。なんとすばらしいことであろうか。このような国で、なんの必要があって天皇を外国のものと取り替える必要があろうか。
ユダヤ人はルソーの言を俟つまでもなく、長年このような君主制を夢に描いてきたのである。しかし祖国を持たないわがユダヤ人は、王を頂くこともできなかったのである。わずかにユダヤ教を「携帯祖国」としてもち、これによって民族の連帯と発展を推し進めてきたのである。キリスト教国では、このような高尚な理想をもった国は永遠に現れないであろうと思う。その点から見ても、ユダヤ人は日本人には及ばないが、一般西洋人よりは優れた民族であると日本人に認めていただければ、甚だ光栄である。
_/_/_/_/_/▲_引用ここまで▲_/_/_/_/_/
[2008.06.21(
Sat) 12:29]
良い話 |
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